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1989年(平成元年)の高齢者対策のゴールドプラン、1994年(平成6年)の少子化対策でのエンゼルプラン、そして1995年(平成7年)12月の障害者対策に関する新長期計画の重点施策実施計画「障害者プラン」(ノーマライゼーション7ヵ年戦略)の公布の動きを受けて、1995年(平成7年)に神戸市から事業受託の要請がありました。
まず1ヵ所目として4月、 JR新長田駅南の25階建高層ビル4階に高齢者デイサービス事業「若松デイサービスセンター」と知的障害者通所授産施設わかまつ分場を開設。2ヵ所目は、1996年(平成8年)JR兵庫駅南キャナルタウン内に、知的障害者施設や高齢者用デイサービス等7事業の受託を開始。これまでの実績を土台に大都市型福祉センターとしての期待と役割を担うことになりました。
【障害者プランの骨子】
(1) 地域社会で共に生活する。
(2) 社会的自立の促進。
(3) 建物構築物のバリアフリー化の促進。
(4) 生活の質(QOL)の向上。
(5) 安全な暮らしの確保。
(6) 誤解や偏見での心のバリアの除去。
(7) 国際協力や交流の促進。 |
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高齢者の介護を公平に国民が保険料を負担し「介護の社会化」を図るものとした公的介護保険制度が4月にスタート。経営的にはかなり厳しい局面も想定されることになりました。身障施設の高齢者の入所者にとっては身体障害者福祉法が優先され、このまま入所継続は可能でしたが、「利用者の高齢化」がより一層危惧される状況になりました。
しかし、神戸聖隷福祉事業団では、社会福祉法の「地域福祉の推進」のとおり、 神戸聖隷福祉事業団の基本方針である「キリスト教理念に基づく人間愛と隣人愛」の実践によって広域的社会ニーズに対応し、障害者が地域で共生できる地域社会の実現をさらに強く目指していくことを確認しました。 |
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2000年(平成12年)4月の高齢者介護保険の実施から「契約の福祉」が始まり、2000年(平成12年)6月の社会福祉事業法から「社会福祉法」への変更に伴い、時代は措置費時代の社会福祉から国民の権利としての福祉へと移行。福祉事業者としての神戸聖隷福祉事業団の基本理念も「神われらと共にいます」聖書の啓示する『隣人愛』の実践から、21世紀の時代に適する新しいものが必要となり、2002年(平成14年)4月に新たに基本理念を作成し、地域福祉の推進を担うよう定めました。 しかし、「キリスト教精神に基づき、聖書に示された愛と奉仕の実践を通じて、社会福祉に貢献します」というように、これまでの精神をさらに明確に打ち出すことで施設の特徴づけを行ったのです。 |

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恵生園の毎日は、新しいスタッフによる、新しい事業のため、働き手の心身は疲労と焦燥の極致。精神的な支えがぜひとも必要でした。この迷える群れのためにキリストの体としての共同体「見える教会」を設立して、唯一の「主なる神」に連なる必要があると確信し、 土肥隆一牧師の指導と支援を得て、「和田山地の塩伝道所」を施設内に開設しました。今でも毎週欠かさず礼拝は続き、施設利用者や職員の心のケアの役割を果たしています。
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施設福祉でのサービス理念の転換で施設の役割と使命の改革が進むという社会的変化と、県の指導とで浜松市の聖隷福祉事業団から分離独立。
「神戸聖隷福祉事業団」としてひとり立ちすることになりました。
しかし、精神を受け継ぐ証として聖隷の名を継承し、長谷川力が神戸と浜松の理事長を兼務することになりました。
その後、1992年(平成4年)金附洋一郎が理事長に就任し、完全自立の道を歩んでいくことになりました。
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