神戸聖隷のあゆみ   なぜ、名前に「聖隷」という命名を
創業期から創業20年まで   なぜ、神戸聖隷福祉事業団ではユニークな活動を
成長期から成熟の21世紀へ   なぜ、新活動方針としてホーリー・サーバント・リーダーシップを
なぜ、西神戸教会会員が社会福祉を   神戸聖隷のあゆみ 年表
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なぜ、「聖隷」という命名を
 

聖隷とは「聖なる僕」のこと

 

神戸聖隷福祉事業団という一つの組織が、共通の目標に向かって「共働」することはなかなか大変なことです。しかし、目指すものが同じものでないと、社会福祉という難しい果実は実りません。それは「聖なる僕(ホーリー・サーバント)」の精神が浸透するかどうかであるといえます。
神戸聖隷福祉事業団を産み出したのは、西神戸教会の礼拝からでした。聖書に示された「愛の奉仕」の実践のために、街頭募金を始め、何人かの教会員が会社を退職し施設の働き手となり、幾多の困難を乗り越えて、1976年(昭和51年)法人第1号となる恵生園を誕生させました。これらは、地位や名誉というものを捨てキリスト教理念で社会福祉に貢献することを共働で目指したからといえます。

 
浜松の聖隷福祉事業団の傘下時代と、独立した神戸聖隷福祉事業団
 

1976年(昭和51年)の恵生園開園以降、身体障害者療護施設2施設、身体障害者通所授産施設1施設と兵庫県下で事業拡張し、神戸地区の愛生園・聖生園の開園が完了した後の1984年(昭和59年)、県の監査指導の面から独立することになりました。
分離独立にあたっては、浜松の聖隷福祉事業団と「将来的には独立すること」、「現実面ではスタート時から施設運営は責任を持って担当すること」等の約束が交わされており、双方からなんら問題は生じませんでした。このため、独立後の名前に「聖隷」の文字は残り、分離独立後の理事長に長谷川力が就任するなど、友好的な関係は続き、現在に至っています。
真の意味での完全独立は、1992年(平成4年)理事長が長谷川力から金附洋一郎にバトンタッチしたときといえます。

 
長谷川保の言葉は、創立の精神の原点
 

西神戸教会の教会員が「キリスト教による社会福祉の実践」を考えて、実地見学に訪れたのが浜松の聖隷福祉事業団。この時、当時理事長の長谷川保が聖書ヨハネによる福音書15章12節「わたしが、あなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。」の箇所を引用して福祉の重要性を熱心に語られ、聖隷福祉事業団の苦難の歩みと現在について施設を案内しながら紹介されました。
この見学が契機となり、キリスト教福祉の先輩に続こうとの機運は一気に高揚。本格的な施設計画に入っていきます。このため独立の社会福祉法人となったとき「社会奉仕するクリスチャンとキリスト教会活動」一貫した活動という精神が変わらない以上、「聖隷」の名は自然に残ったのです。違う名前を考えることもありませんでした。

 
理事及び施設長などの管理職にはキリスト者を起用
 

神戸聖隷福祉事業団では、理事及び施設長などの管理職には必ずキリスト者を充当しています。このことは西神戸教会が中心となって誕生した設立時の趣旨、2002年(平成14年)に新しく制定された基本理念、聖隷という名前等から明らかなように、神戸聖隷を内部から守り支えていくために信仰を持つリーダーを求めているのです。
そして、リーダーとは「ホーリー・サーバント・リーダーシップ(聖なる僕の指導理論)」を持つ人のことです。
法人としての規模が大きくなってきた現在、この理念を守ることはとても大変になってきています。だからこそ、この規範は守っていかねばならないと
考えています。

【ホーリー・サーバント・リーダーの条件】
1.人の言うことをきちんと聞ける
2.同時に共感ができる
3.困っている人がいたら、それに対して「癒す」ことができる
4.「気づき」を大切にする
5.大きな使命や目標を訴える説得力を持つ
6.そのために自分の夢がきちんと概念化できている
7.先見の明がある
8.執事(1デモ3:8〜13個人に課せられた義務を全うし分を超えない)の役割ができる
9.尽くすということを通じて、人々の成長に関わる役割を持つ
10.コミュニティを作る(チームのこと、チームとはコミュニティのことである)