神戸聖隷のあゆみ   なぜ、名前に「聖隷」という命名を
創業期から創業20年まで   なぜ、神戸聖隷福祉事業団ではユニークな活動を
成長期から成熟の21世紀へ   なぜ、新活動方針としてホーリー・サーバント・リーダーシップを
なぜ、西神戸教会会員が社会福祉を   神戸聖隷のあゆみ 年表
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なぜ、神戸聖隷福祉事業団ではユニークな活動を
 

在宅障害者に入浴サービス実施

 

地域福祉の推進にも積極的に取り組んでいます。1979年(昭和54年)に真生園では寝たきり老人への入浴サービスに着手。利用者の安全とケアの面で実施に至るのには紆余曲折もありましたが、家庭での入浴困難な利用者に快適で健康的な日々を過ごしていただくため、施設の特別浴槽(機械浴)とデイサービスを実施しました。
このサービス提供は国内で最も早い時期でのスタートといえました。同様の在宅障害者サービスは神戸愛生園でも取り組んでいます。

     
プロ仕様のキャディバッグを製造
 

国際障害者年の翌年1982年(昭和57年)4月に開園した和生園は、授産施設として当初手がける作業の選択に悩んでいました。近隣の豊岡市が鞄の生産地のため、初めは鞄や袋物を考えましたが、商品化が難しくて断念。工程の繁雑さを利用して作業を細分化することと、ゴルフブーム到来に着目してゴルフバッグ製造に取り組むことになりました。企業での研修を受けた後、試行錯誤を重ねて難産の末、第1号が完成。さらに改良、工夫を加えた結果、その品質が有力ブランド会社に認められて最盛期には月1,600本以上も出荷できるほど輝かしい成果を収めるようになりました。ゴルフブームが一段落した現在もMADE IN 和生園のゴルフバッグは有名ブランドの名前で店頭に並んでいるのです。
また、ここで働くことに自信を得た通所者を一般会社就労に次々と送り出しています。

     
地元中学校と福祉教育交流
 

和田山の「恵生園」と「真生園」は1985年(昭和60年)、地元の和田山中学校との福祉教育交流をスタート。当初は、夏休みに3年生が訪問し、清掃作業や食事介助の奉仕だったのが、その後1年生は施設見学、2年生は利用者との交流、3年生は奉仕作業というカリキュラムが定着していきました。その他、利用者が運動会や卒業式に招かれるなど相互交流の形に発展。今では兵庫県全般に広がり、福祉協力校に指定されて当たり前となり、体験者の中から、福祉職員を目指す若者が育ちました。
神戸聖隷福祉事業団のスタッフにも体験者が多くいます。

     
毎年1ヶ所、小規模作業所を開設
 

神戸聖隷福祉事業団では、1987年(昭和62年)から約6年間知的障害者に対して毎年1ヵ所のペースで小規模作業所を開設。通所人数は10人1組で神戸市内に作っていきました。場所は住宅地、工場の2階、デパートと住宅の集合マンションのワンフロア等、様々な形態の中に誕生しています。
中には高齢者とデイサービスとの混合タイプなど、市民と障害者が自由に交歓・交流できる環境を創り出しています。

     
電動車イス単独外出制度の導入
 

車イス利用者も健常者と一緒で自由に外出したいという願望は当然ながら強いものでした。この要望に応えて真生園では1992年(平成4年)、丸紅基金の支援を得て電動車イス使用による施設外への自由外出制度を他に先駆けて実施。自動車学校と同様の「交通の教則」をテキストにし、交通法規の学科試験と施設内に設けた道路の実施試験に合格すると「単独外出免許」を授与し、雨の日以外なら自由に外出ができることになったのです。このことは和田山町全体が、福祉村構想に取り組んでいたから実現できたといえます。